『いい手の日』SS – 四季のプラーニュ – ヘリオフラッソス

 爪の先を、彼の筆がそっと撫でた
 ひやりとした感触が伝わるたび、息を潜める
 光に生まれたはずの身が、黒を受け入れていく――それは、ほんの少しの背徳にも似ていた

 黒き爪紅
 本来は、毒を避けるためのものだと聞いた
 (毒が毒避け、わらってしまう)
 ただその色を纏いたかった
 唯一奪うことができなかった視界の端のひとひら

 「……冷たいですか」
 彼の声
 筆先が爪の端をなぞるたび、少しだけ笑みが漏れる
 「いいえ おまえの指先の冷えのほうが、随分と伝わるわ」
 そう言うと、彼は小さく息を吐いた 集中していたのだろう
 指先に宿る黒が、彼の瞳に映り込む
 普段、厚い布で隠された彼の爪先が同じ色をたたえる
 光を拒むはずの黒が、そこではかすかに輝いて見えた

 「ねえ、」
 爪を乾かすあいだ、囁くように問い掛ける
 「太陽に黒点を打ってみて、どう?」

 塗り終えられた十指をかざした
 黒はまるで夜空のように深く、わずかに反射した金の粒が沈んでいる
 目を細めると、その金も瞬いた